翁長沖縄県知事のこれまでの変遷


8日に翁長知事が逝去されました。評価は分かれるとは思いますが、これほど政府と対峙した知事は他にはいないでしょう。これを機に、翁長氏自身について色々調べてみたところ、彼の考え方の変遷だけでなく、彼の周囲の人達の存在が大きかったということがわかりました。

あくまでも「私は個人で素人」ですので、解釈違いがありましたらご容赦下さい。


・那覇市議2期、沖縄県議、那覇市長4期を勤めた翁長氏は「辺野古移設賛成」だった。

・2013年の那覇市議選で「県外移設(=移設反対)」を訴えた市議会議員ら(A)が当選

・2013年12月、仲井真知事が移設反対を転換し埋め立てを承認。県内の保守系・自民党が分裂状態に。

・Aのグループが沖縄県自民党沖縄県連に属しながら会派「新風会」を立ち上げ

・2014年6月、県知事選出馬の可能性が出た頃、翁長市長は「辺野古移設反対」を表明。新風会は翁長市長に知事選への出馬を要請。

・2014年8月 新風会および翁長氏は沖縄自民党県連から除名・離党勧告を受ける。革新系グループも翁長氏に出馬要請をし「オール沖縄」の枠組みが具体化。

・2014年12月 翁長知事誕生

・2015年、オール沖縄誕生。この組織内は移設反対を最優先とするもの、考えが異なる事案もある

・2017年、新風会が弱体化。その理由は共産党との関係を危ぶむ後援者が出てきたことにより、新風会の市議の支援者が減少

・翁長知事を支持するグループの中で保守系だった新風会の縮小により、共産党とのつながりがさらに強くなる

・移設反対では同調するも、日米安保条約を廃棄したい共産党と条約支持の翁長知事とで主張は異なったまま

・2018年8月8日 翁長沖縄県知事、逝去


●私が知りたかったのは「翁長氏の本音」

自民党に属していた頃の翁長氏は辺野古移設賛成派だったのに、当時市長だった翁長氏が県知事選に出るのではないかという話題が出た頃には「反対派」となりました。この本音が知りたかったですが調べることができませんでした。

 

ただ、【2014年10月「基地反対で振興策多く取れる」翁長氏の発言や矛盾点、仲井真氏支持の市長証言・産経ニュース】によれば

「宜野湾市長側の説明によると、昨年(2013年)1月に政府へ提出した普天間飛行場の県内移設断念などを要求する文書に署名を求める際、翁長氏は他の市長に「われわれが反対しても国の方針は変えることができないと思う」と前置きした上で、「反対することで振興策が多く取れる」と述べたとされる。」

この証言が事実かどうかがポイントです。

 

翁長氏が反対に立場を変えたのは、反対派になった方が知事に当選しやすいと思っていたのでしょうか?さらに知事になれた後は「反対派」でいることで政府からお金が得られると先読みしていたのでしょうか?

そうではなく純粋に「基地移設に反対」というお気持ちだったのでしょうか?

 

また、翁長氏は市長時代までは自民党、公明党の支援者による支持母体を持っていたものの、県知事になってからの支持母体はオール沖縄(共産党系)と新風会の支援者。

その後は前述の通りで、翁長知事はオール沖縄に大きく依存していたため、ご自身の本音はどうであれ政府と対立した構図を維持する必要もあったと思われます

 


参考になると思われる記事

・wikipedia 翁長雄志オール沖縄

・2014/7 自民新風会「県連処分は本末転倒」 翁長氏出馬要請・琉球新報

https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-228885.html

・2015/9 これが同一人物の発言ですか? 沖縄・翁長知事の変節は、あの元首相と同じでは…・産経ニュース

http://www.sankei.com/politics/news/150827/plt1508270001-n1.html

・2017/7 「オール沖縄」のいびつな構図~翁長派「新風会」の苦境~・ハフポスト

https://www.huffingtonpost.jp/hiroshi-meguro/all-okinawa-shinpukai_b_17355512.html